2008年9月30日火曜日

S.D.M回想記その3



ノリオくんはその頃某mixシリーズstrictly ○○○kersを企画、製作などしていて、同じSTRICTLYつながりということもあり、MIXが閉店する少し前にS.D.Mとクラッシュしたイベントをやったりした。結果は覚えてない(笑) つか結局勝ち負けとかなかった気がする。まあ、勝ったかな(笑)
恵比寿MILKでS.D.Mスペシャル版「STRICTLY DANCING NOOD」を行い始めたのもこのくらいの頃な気がする。スペシャル一回目はcool wise menや発足したばかりのZOOT16などのバンドが出てくれて、DJはその頃mixで回してるdjが中心だった。
今でも好評のS.D.MのロゴT-シャツもその前から作ってたけど、そのときはオアグローリーとのスペシャルコラボで作ってもらった。今それ持ってる人、レアです!なんかの映画でも主人公が着ていたらしい。(忘れた)

それから間もなくして、S.D.Mのホームだった青山MIXが惜しまれながらも閉店。閉店最終日の3日間はS.D.M、RISE、MIGHTY MASSAさんのパーティの順だった。

その後も、ノリオくんが仕事場である0152が自分ちから近いということもあり、3ヶ月くらいうちに居候してた時期もありつつ、自然とS.D.Mクルーとつなっがてきて、rub-a-dub marketになんか一緒に面白いことをやろうと恵比寿の居酒屋で誘われて、気づいたらできたのが"PART2STYLE"だった。
そのときはtaxy-wild氏もいて、マルサンと3人で渋谷のマンションで事務所を構えはじめたりした。

MIXがなくなって、すぐさま渋谷ROOMで半年か1年ほどふんわりとやっていたのがパーティ"PART2"。その頃には、マルサンは自身のアパレルブランド"acetate"(現EXTRA YARD)をすでに始めてて、ちょうど4枚目のミニアルバム「extra standard」を作り始めてた。

その後、出来たばかりの代官山UNITの下SALOONにMIXで使っていたアンプを置いていて、SKYLARKIN山下さんが平日企画で参加しててクボタさんや川辺さんもレギュラーを持ち始め、自然とウチらもレギュラーをやるようになり、ROOMでのPART2はフェードアウトしていって、最終的にS.D.MをSALOONにて行うことになった。

SALOONでは今年のはじめ頃まで約2年程毎月続けることになる。その間に12インチレコードや7インチ、MIX CDやアルバムCDなどもチョロチョロリリースするようになり、PART2STYLEはレーベルらしくなってきた。FOODのYUKO氏もいまや売れっ子カレー娘になってきてるけど、S.D.Mがオリジナルといっておこう。(10/5では裏ケータリング担当か?)

全国的にシンパシーを感じるアーティストらとの出会いも徐々に増え始め、S.D.Mスペシャルのホームであった恵比寿MILKではその間2回S.D.M SPを行い、2回とも入場制限つきの満員御礼。エアコンが効かなくなる程の熱気と盛り上がりをみせてきた。


MILKも去年閉店し、次なるステップと目を向けたのが今回の野外昼間、しかも2DAYS「SHINOBAZU DANCING MOOD」となるわけである。

10年の流れを説明するには簡潔かもしれないが、ざっとこんな感じである。

ゆっくりでいて、とてつもなくはやく過ぎていった10年だけど、単純にレゲエが好きで、ダンスホールが好きで、ダブが好きで、あらゆるダンスミュージックが好きで、酒とパーティが好きで、自分らが住む街が好きで、なにより音楽と世界をよりよく楽しみたいために集まって続けてきた。

シーンとかよくわからないけど、間違いなくどこにもないオリジナルな渦はできているといっておこう!ノリオ氏曰くの
「徐々に積み上げてきた人との繋がりと、お互いに感じあったシンパシーをここまで形にすることができるようになってきた、その集大成その1」である。


*初期S.D.Mのフライヤーをデザインしてたドードーマン、JAM MASTER水間さん、アポメディア、NICHIくん、EASTAUDIO SOUND SYSTEMトチさんなどもS.D.Mを支えてきた重要人物なので明記。ビゴップ!!



10/5、来ないと損するぜえええ!!!!!!!!!!!!!!