2008年9月19日金曜日

SDM回想記その2 -CM付き-

高校を卒業して、地元静岡から出て新しい空気に触れたかった自分は東京に住み始めた。当時は中野に住んでいて、その時にはBINGO氏も上京してきてよくつるんでいた。

ビン君は年上だったのもあり、初期SDMでもラバダブに参加していたのでラバダブマーケット連中ともすぐに打ち解け、昔ジャーゲ君が住んでいた恵比寿にあった7Fのエレベーターなしのマンションによく遊びにいっていた。自分も今いる店OASIS RECORDでイームラ氏やFLY-T氏が働いていたので、レコードチェックしによくいって恵比寿にも遊びにいったりしてた。

恵比寿7Fには間取りの広さもあって人がよく溜まってた。イームラ氏の機材やレコードも置いていたので、レコード聴いたりしてるとFLY-T氏がその上に歌乗せて、そっから皮切りにラバダブが始まったりしてた。よく「ロッカーズ」や、80'SのVOLCANO POSSEのVHSなど昔のジャマイカの映像もしょっちゅう見てて、そ
れにはガツンとやられたなー。funkよりのレゲエとかは好きだったけど、それまであまり興味がなかったrootsやrock steady,skaなどの良さを教えてくれたのはイームラ氏だった。aswadの"back to africa"を初めて聴いたときは衝撃だった。ちなみにラバダブのファーストアルバム「7F BUT NO ELEVATOR 」のジャケ絵はその家の風景画。


ある時それまでのsdmに新しいdjが欲しいという話をみんながしてるときに、ちょうどその頃jazz、funk、hip hop、reggaeなどごちゃまぜにmixしたtapeを何本か作っていた自分は狙っていたが如く?、お気に入りの一本を渡した。しかも、B面はラガヒップホップオンリー。
反応を待ちわびてた数日後に、なんとみんなの反応も良かったみたいでついに「mixでdjやってみない?」と誘われた。正直、生意気に無根拠に自信があったんだけど(笑)、いざみんなとdjできるとなると決まってめちゃくちゃアガッた。

その頃、hip hop中心のパーティばかりで回していた自分は、マナーに縛られないやり方で自分がいいと思ったものを素直にかけれて雰囲気を作れる環境が欲しかった自分にとってはまさにうってつけの場所だった。まして、レゲエの曲をもっと知りたかったし、mixの大人で様々な人種がいる空間でできることは勉強になると思ってたし。なによりsdmの"イロイロかかるけど、空間はダンスホール"ていう感じがとても好きだった。

しかし、初めて参加したときのdjは見事に失敗した(笑)当時18歳の若僧が無理してミックスの大人の空間を意識しすぎて全然ハマらなかった。当時店長だった白川さんにもしかられたなー。
2回目はないかな~と思ったんだけど、自然と「次回もレコード持ってきて~」みたいなことをいわれ、プレッシャーと同時にかなり救われたことは今でも覚えてる。

その後、気合を入れなおして、持ち時間一時間くらいなのにレコード2箱以上もってたり、mixのほかの日のdjのやっている日にいったりと研究したりした。なによりmixには素晴らしいたくさんのdj(悟さんや川辺さん、クボタさんなど)が回していたからものすごくいい環境だったと思う。音響も素晴らしかったし、スタッフの雰囲気つくりやお酒の質など"大人のこだわり"があった。

隔月日曜から毎月第三金曜日になったりして、メンバーもラバダブマーケットと自分のシンプルな構成になった。その間にFLY-T氏はソロに転向するため、脱退。それでも自然と始まるラバダブタイムのときは、酔っぱらったバーテンの田所麺とかも参加したり(笑)、COOL WISE MENの面々がラッパもってきてセッションしたり。わいわいと週末のMIXを盛り上げてた。
今PART2STYLEをマネージメントするノリオくんもMIXでパーティをやっていて、この頃知り合った。
ノリオくんは中目黒にあったWEB SHOP 0152レコードで働いていて、0152の独自のセレクションからして、
絶対に音楽の趣向が近いと確信していたのですぐにみんなとも仲良くなった。



また長くなっちゃった!キリがなくなるので回想記は次回までで!

でSDMのCMが完成!!!!!!!! ↓